飛鳥・奈良時代
飛鳥・奈良 592年〜794年

正倉院

正倉院は東大寺の宝庫。

シナリオ

正倉院の管理をしている——。宝物の点検中だが、素晴らしい品ばかりだ。

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正倉院東大寺大仏造立

正倉院とは — くわしい解説

東大寺大仏殿の北西に建つ正倉院は、校倉造の巨大な宝庫で、光明皇后が夫である聖武天皇の遺愛品を大仏に奉納したことを起源とします。約九千点に及ぶ収蔵品には、螺鈿紫檀五絃琵琶や瑠璃坏、白瑠璃碗など、唐を経由して伝来したペルシア・中央アジア由来の工芸品が含まれ、シルクロード東端の到達点と呼ばれる所以となっています。勅封のもと厳重に管理され、校倉構造による自然の調湿で千二百年を越えて保存されてきた点も特筆に値します。正倉院は単に奈良時代の美術を伝えるだけでなく、当時の日本が唐を媒介に広大なユーラシア文明圏と接続していた事実を物証として示す稀有な文化財であり、天平文化の国際性を象徴する場となっているのです。

飛鳥・奈良時代とは

推古天皇の即位から平安遷都までの約200年間。聖徳太子の十七条憲法と冠位十二階で中央集権の基礎が築かれ、大化の改新(645年)で本格的な律令国家への転換が始まった。701年の大宝律令で法制度が整備され、710年には平城京が建設された。この時代の最大の構造転換は土地制度にある。公地公民の原則に基づく班田収授法は、723年の三世一身法、743年の墾田永年私財法を経て崩壊へ向かい、土地の私有化が荘園制度の拡大を生んだ。この変化が後の武士台頭の遠因となる。仏教は国家鎮護の手段として受容され、東大寺の大仏建立や鑑真の来日など、大陸文化の摂取が活発に行われた時代でもある。

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