幕末時代
幕末 1853年〜1868年

幕末の海防強化

ペリー来航後の海防強化策として幕府は品川台場を建設し、佐賀・薩摩藩は反射炉を造って西洋式軍備を整えた。

シナリオ

黒船が来た——! ペリーの艦隊を前に、江戸は大騒ぎだ。海防をどうすべきか。

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幕末の海防強化幕末

幕末の海防強化とは — くわしい解説

ペリー艦隊の来航に直面した幕府は、江戸湾防衛のため品川沖に台場の築造を命じました。伊豆韮山代官で洋式兵学に通じた江川英龍の設計により、突貫工事で十一基が計画され、うち六基が完成します。現在の東京湾埋立地「お台場」の地名はここに由来するものです。しかし財政と時間の制約で計画は中断され、幕府単独の海防能力の限界を露呈しました。一方で佐賀藩は鍋島直正のもとで反射炉を築き大砲の国産化を進め、薩摩藩も集成館事業で反射炉・紡績所・ガラス工場を整備するなど、雄藩は独自に西洋軍事技術の導入を加速させます。中央の弱体と雄藩の軍事力増強という逆転現象が生じ、この力の分散が後の倒幕運動を物理的に可能にする伏線となりました。防衛政策の失敗が体制崩壊を準備したのです。

幕末時代とは

ペリー来航(1853年)から明治維新までの激動の15年間。200年以上続いた鎖国体制が崩壊し、日米和親条約・日米修好通商条約で不平等な開国を余儀なくされた。幕府の権威は失墜し、尊王攘夷運動が激化。薩摩・長州を中心とする雄藩が台頭し、薩英戦争や下関戦争を経て攘夷の不可能を悟った両藩は開国・倒幕へと方針を転換した。坂本龍馬の仲介で薩長同盟が成立し、大政奉還(1867年)と王政復古の大号令を経て、戊辰戦争で旧幕府勢力を破り、明治新政府が樹立された。封建制から近代国家への大転換が、わずか15年の間に達成された。

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