島原・天草一揆とは
(しまばら・あまくさいっき)
1637〜1638年、島原半島・天草で重税やキリシタン弾圧に反発して起きた大規模な一揆で、幕府が鎮圧した。
くわしい説明
島原・天草では年貢の過酷さや領主の圧政に加え、キリシタン弾圧が不満を高めた。農民や浪人が天草四郎を中心に蜂起し、原城に籠城したが、幕府軍が大軍で包囲して鎮圧した。事件後、幕府は禁教政策を強化し、ポルトガル船来航禁止(1639)など対外統制を進めた。国内統治と鎖国政策の関連を理解する上で重要である。
重要ポイント
- 重税・圧政とキリシタン弾圧が背景。
- 原城籠城戦の末、幕府が鎮圧(1637-38)。
- 事件後に禁教と対外統制(鎖国)が強化される。
混同注意
- 「一揆」の原因は宗教だけでなく、年貢・圧政など経済的要因も大きい。
因果の流れ
- 重税・弾圧による不満
- 蜂起と原城籠城
- 幕府による鎮圧
- 禁教・対外統制の強化