坂上田村麻呂とは
(さかのうえのたむらまろ)
平安初期の武将で、桓武天皇のもとで蝦夷征討を進め、797年に征夷大将軍となった。
くわしい説明
坂上田村麻呂(758-811)は桓武・平城・嵯峨朝に仕えた武将で、791年以降の蝦夷征討で功績を重ね、797年に征夷大将軍に任じられた。801年に胆沢を平定し、802年に胆沢城、803年に志波城を築くなど、朝廷の東北経営を進めた。ただし、この時期の征夷大将軍は蝦夷征討のための軍事指揮官であり、後の武家政権の将軍職とは性格が異なる。
重要ポイント
- 791年以降の蝦夷征討で功績を重ね、797年に征夷大将軍となった。
- 801年の胆沢平定後、802年に胆沢城、803年に志波城を築いた。
- この時期の征夷大将軍は、後世の将軍職とは性格が異なる。
混同注意
- 「征夷大将軍」はこの時期は東北征討の将で、後の将軍職(武家政権)とは性格が異なる。
因果の流れ
- 桓武天皇の統治強化
- 蝦夷支配の必要性
- 遠征・城柵の整備
- 東北経営の進展