平安

平将門の乱とは

(たいらのまさかどのらん)

939〜940年、平将門が関東で起こした反乱(承平・天慶の乱)。「新皇」を称し朝廷に対抗した。

くわしい説明

在地の武士勢力の対立や国司との関係から争いが拡大し、将門は国府を襲って勢力を広げた。自ら「新皇」を称して独立を示唆したが、朝廷は追討を命じ、藤原秀郷・平貞盛らに討たれた。同時期の藤原純友の乱と合わせ、武士の軍事力が国家統治に影響する段階へ進むことを示す。

重要ポイント

  • 承平・天慶の乱(将門の乱と純友の乱)。
  • 「新皇」自称、関東で勢力拡大。
  • 藤原秀郷・平貞盛らが討伐。

混同注意

  • 同時期の「藤原純友の乱(瀬戸内海)」とセットで整理する。
  • 東国の反乱で、前九年・後三年の役(東北)とは時期が違う。

因果の流れ

  1. 在地武士の成長と対立
  2. 将門の挙兵・国府襲撃
  3. 朝廷の追討令
  4. 討伐と武士勢力の認識

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