延喜・天暦の治とは
(えんぎ・てんりゃくのち)
醍醐天皇(延喜)と村上天皇(天暦)の親政期。後世に理想の政治と称されるが、社会矛盾も進んだ。
くわしい説明
摂政・関白を置かず天皇が政治を主導した時期として、後世に「延喜・天暦の治」とまとめて称される。律令体制の立て直し(荘園整理など)を図る一方、地方では承平・天慶の乱が起きるなど矛盾も表面化した。政治的理想像として語られる点と、現実の社会変動の両面を押さえると理解が深まる。
重要ポイント
- 天皇親政(摂関不設置)とされる。
- 醍醐天皇(延喜)・村上天皇(天暦)。
- 理想視される一方、地方の乱など矛盾も進行。
混同注意
- 「摂関政治の本格化(藤原氏)」との関係:親政期の後に摂関が強まる。
因果の流れ
- 天皇親政の志向
- 政策による体制立て直し
- 地方の乱が発生
- 摂関政治の進展へ