平治の乱とは
(へいじのらん)
1159〜1160年、源義朝・藤原信頼が挙兵したが平清盛に敗れた内乱。平氏政権成立の契機。
くわしい説明
保元の乱後の政局で、院近臣の対立と武士棟梁の対立が結びつき発生した。一時は義朝・信頼側が政権を掌握するが、清盛の反撃で敗北する。源義朝は敗死し、子の源頼朝は伊豆へ流された。平清盛の権力が強まり、平氏政権の確立へ進む。
重要ポイント
- 保元の乱後に発生(1159〜1160)。
- 源義朝・藤原信頼が敗北、平清盛が勝利。
- 源頼朝の流罪→後の挙兵へ。
混同注意
- 保元の乱(1156)→平治の乱(1159〜1160)の順。
- 治承・寿永の乱(源平合戦)とは別の内乱。
因果の流れ
- 保元の乱後の政局不安
- クーデターの発生
- 清盛の勝利
- 平氏政権の成立へ