摂関政治とは
(せっかんせいじ)
藤原氏が外戚関係を背景に摂政・関白として天皇を補佐し、実権を握った政治形態。
くわしい説明
摂政は幼少の天皇を、関白は成人の天皇を補佐する役職で、平安中期に権力の中心となった。藤原良房・基経が体制を整え、道長・頼通期に最盛となる。娘を天皇に入内させて外戚となり、官職と荘園収入を背景に政務を主導した。11世紀後半には院政の開始で相対的に後退する。
重要ポイント
- 摂政=幼少天皇、関白=成人天皇の補佐役。
- 藤原良房・基経らが体制を確立。
- 道長・頼通期に最盛、のち院政へ。
混同注意
- 院政は上皇(院)が政治を主導する体制で、摂関政治とは権力の担い手が異なる。
- 摂関政治は役職(摂政・関白)の独占による体制で、単なる官職名ではない。
因果の流れ
- 律令制の動揺と貴族社会の変質
- 藤原氏の外戚化
- 摂政・関白職の確立
- 摂関政治の最盛→院政へ