室町

嘉吉の乱とは

(かきつのらん)

1441年、赤松満祐が将軍足利義教を暗殺した事件で、幕府権威の低下を招いた。

くわしい説明

専制的とされた六代将軍足利義教に不満を持つ赤松満祐が、京都で義教を殺害した(嘉吉の乱)。赤松氏は討伐されるが、将軍権威の動揺は深まり、有力守護の対立が先鋭化した。のちの応仁の乱へと至る不安定化の一要因として位置づけられる。明確な「武力による政変」が相次ぐ室町後期の特徴を示す。

重要ポイント

  • 赤松満祐が足利義教を暗殺。
  • 将軍権威が動揺し政治不安が拡大。
  • 応仁の乱へ向かう流れの一要素。

混同注意

  • 応仁の乱は守護大名の大規模内戦で、嘉吉の乱は将軍暗殺事件。

因果の流れ

  1. 将軍権力の強化と反発
  2. 嘉吉の乱(義教暗殺)
  3. 赤松氏討伐と余波
  4. 守護対立の激化

関連する一問一答