平安時代の日本史クイズ
794年〜1185年 ・ 36問
桓武天皇が平安京に遷都してから約400年間。前半は藤原氏による摂関政治が全盛を迎え、藤原道長の時代に頂点に達した。国風文化が花開き、ひらがな・カタカナの発達とともに源氏物語や枕草子が生まれた。しかし地方では治安が悪化し、武士団が成長していく。平将門の乱(939年)で武士の実力が認知され、前九年・後三年の役を経て源氏と平氏が台頭した。後半は院政の時代を経て、平清盛が武士として初めて太政大臣に就任。しかし平氏の独裁に対する反発が源平合戦を引き起こし、1185年の壇ノ浦で平氏は滅亡。貴族政治から武家政治への大転換が完了した。
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平安時代クイズの例題5問
問題一覧の前半から後半まで、論点が重ならないように選んだ例題です。4つの選択肢から考えてから「答えと解説」を開いてください。
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例題1 藤原氏の発展
藤原道長様が「一家三后」を達成し、宴を開いている——。平安貴族として、道長様が「この世をば…」と詠み始めた。どう声をかける?
- 基経様のように、臣下初の摂政になられたこと、お祝い申し上げます。
- 時平様のように、あの道鏡を追放した功績は見事でしたな。
- まさに望月の欠けること無き栄華!この世はすべて道長様のものでございます。
- 息子の頼通様も、平等院鳳凰堂を建てて唐風文化を広めるでしょう。
答えと解説
正解:③ まさに望月の欠けること無き栄華!この世はすべて道長様のものでございます。
道長は娘たちを次々と天皇の后とし、「一家三后」を実現して権勢を誇った。この栄華が摂関政治の絶頂期だ。
覚え方藤原道長の権勢の象徴は「一家三后」と摂関政治の頂点。
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例題2 かな文学
一条天皇の時代——。最近の文学について、貴族として評価してみる。
- 紀貫之殿が仮名で書いた『古今和歌集』の序文、あれは名文だね。
- 紫式部の『枕草子』は「をかし」の世界が見事だ。
- 清少納言の『源氏物語』は「もののあはれ」をして涙を誘うな。
- 『竹取物語』の作者は紀貫之だという噂だが、本当だろうか。
答えと解説
正解:① 紀貫之殿が仮名で書いた『古今和歌集』の序文、あれは名文だね。
紀貫之らが『古今和歌集』を撰進し、仮名序を記して国風文化を代表した。
覚え方古今和歌集は醍醐天皇勅命・紀貫之編纂の最初の勅撰集で、仮名序が有名。
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例題3 平安の善政
醍醐・村上天皇の時代——。学者として、この「延喜・天暦の治」をどう記録する?
- 藤原時平の策謀で菅原道真が左遷された時代だな。
- 延喜の荘園整理令で違法な荘園が取り締まられた。
- 摂関を置かず天皇親政が行われ、後世『延喜・天暦の治』と称えられた。
- これらはすべて正しい。後世に伝えるべき輝かしい治世の記録だ。
答えと解説
正解:④ これらはすべて正しい。後世に伝えるべき輝かしい治世の記録だ。
道真左遷、延喜の荘園整理令、そして摂関を置かぬ親政。これらが延喜・天暦の治の実態だ。
覚え方延喜・天暦の治は醍醐・村上天皇の直接親政として後世に理想化された時代。
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例題4 平治の乱
1159年——。平治の乱での勝利、平清盛の家来としてお見事でした!
- 源義朝と藤原信頼を打ち破ったぞ!これで源氏は再起不能だろう。
- この乱の後、崇徳上皇が復帰して政権を取るらしい。
- 頼朝は処刑されたと聞きました。これで源氏も終わりですな。
- 責任を取って出家されるとは…ご無体な。
答えと解説
正解:① 源義朝と藤原信頼を打ち破ったぞ!これで源氏は再起不能だろう。
源義朝と藤原信頼が敗死し、勝者となった平清盛の権力が確立した。ここから平氏全盛の時代が始まる。
覚え方平治の乱で清盛が義朝を破り、頼朝は伊豆へ流罪となって後の鎌倉幕府への伏線となった。
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例題5 初期荘園
大寺院の荘園を視察——。農民を雇って直営方式で経営しているが、寄進地系とは何が違う?
- 寄進を受けたのではなく、自ら開墾した土地だ。だから「初期荘園」と呼ばれる。(直営方式)
- これも寄進地系荘園の一種だよ。
- 奴隷(奴婢)だけ使って、農民は使わない主義だ。
- 不輸不入の特権があるから、国司も文句は言えまい。
答えと解説
正解:① 寄進を受けたのではなく、自ら開墾した土地だ。だから「初期荘園」と呼ばれる。(直営方式)
8世紀の初期荘園は、貴族や寺社が自ら開墾を行い、管理人を置いて直営方式で経営するのが特徴だ。
覚え方初期荘園は直営・課税型で、寄進地系荘園の不輸不入とは対照的な形態。
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平安時代の重要な因果関係
摂関政治の確立
武士の台頭
院政の開始
平氏政権の成立と崩壊
国風文化の開花
平安時代の用語をくわしく読む
- 外戚とは?外祖父との違いと外戚政治をわかりやすく解説 外戚(がいせき)とは母方の親族のことで、日本史では天皇の母や后妃の実家の一族を指します。外祖父との違い、藤原氏の摂関政治が外戚関係で成り立った仕組み、蘇我氏・平清盛・徳川秀忠など他の時代の例まで整理します。
- 検非違使とは?令外官の意味と蔵人頭・勘解由使・押領使との違い 検非違使(けびいし)は平安時代初期に置かれた、京都の警察・裁判を担う令外官です。令外官とは何かを押さえたうえで、蔵人頭・勘解由使・押領使・追捕使との違いを比較表で整理し、武士の台頭につながる流れまで出典つきで解説します。
- 保元の乱と平治の乱の違いとは?対立の構図と源平の争乱への流れ 保元の乱(1156年)は崇徳上皇と後白河天皇、藤原頼長と忠通の対立に武士が動員された戦い、平治の乱(1159年)は信西と藤原信頼の対立から源義朝が平清盛に敗れた戦いです。対立の構図を表で整理し、清盛の台頭、頼朝の伊豆配流、源平の争乱へのつながりを解説します。
- 末法とは?末法思想をわかりやすく|正法・像法・末法と1052年・浄土教 末法(まっぽう)とは、釈迦の死後に仏の教えが衰えていくとする時代区分の最後の時期で、日本では1052年(永承7年)に末法に入ると信じられました。正法・像法・末法の違い、空也・源信『往生要集』と浄土教、平等院鳳凰堂や経塚との関係を出典つきで整理します。
問題一覧(36問)
よくある質問
4件
平安時代クイズは何問ありますか?
全36問です。このページの問題一覧から1問ずつ解説ページを開くことも、「この時代を出題する」からランダム出題で続けて解くこともできます。
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小学生・中学生でも解けますか?
問題は、その時代の人物になりきって4つの選択肢から判断する形式です。摂関政治・院政・国風文化など中学の歴史で習う出来事も扱いますが、延喜・天暦の治・検非違使・受領のような高校日本史で学ぶ用語も出てきます。中学生は教科書で習った出来事の問題から、小学生は難しい言葉も多いので保護者と一緒に解説を読みながら挑戦するのがおすすめです。
一問一答で用語を覚えたいときは?
平安時代の一問一答で、択一問題36問と用語クイズ42語を解説つきで確認できます。クイズで迷った用語の復習に使えます。